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次に向かったのは轟壕とどろきがまというところ

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入り口

壕というのは戦争中の弾よけであり隠れ場だったところ

そしてこの壕は最初は市民、そして軍も使うようになったところ


懐中電灯もっていざ突入

すごく怖かったです・・・
上も下も注意しろって・・・ そんな器用な事・・・

なんとか怪我なくおくまでたどり着きました

そこで壕の中での昔話・・・


この壕は最初その地域の住民が慣らしたものでした
途中で2つに枝分かれしていて左側はその住民が慣らしたようで平らになっています
逆に右側は未整地で坂です

最初は地域住民が使っていましたが北から逃げてきた住民を受け入れてその人たちは右の坂地にいれていました

そのときにちょっとえらめの役人が来て(市長みたいな人)・・・

当時は完全な縦社会 地元住民は右側に移動しました

しかしこんどは軍がやってきました その偉い人は軍の上層部から言われて来ていたのでなんとか左側を確保しようとしますが解散になり結局右側で住民たちと一緒になりました

それからちょっとして、この話の主人公(?)になる一家がやってきます

その人は昔軍の人とかかわりがあったので軍の人からちょっとだけ食料を貰えたそうです

それでも・・・ 4人くらいの家族でおにぎり1個とかそんなくらいです
それも3日だけ・・・


それからは完全な食糧不足

やがて軍の人が住人から食料を奪うようになりました
そして光を出すことも音を立てることも禁止しました 米軍にばれるのを恐れて・・・
はむかうものには・・・ わかりますよね・・・? たとえ赤ちゃんであろうとも音を立てれば・・・ あまり書いて気持ちのいい物ではないので書きたくないのです・・・ 想像に任せますよ・・・?

そして食糧不足でやってきた一家の子供が死にました 親はずっと抱いていたそうです そして死体が腐り始めてやっと死に気づいたそうです・・・ 壕の中は湿度が高いので死体はすぐ腐りますから・・・


ある日、米軍がこの壕に気づきます

拡声器で
「住民の方は殺さないからおとなしくでてきなさい」

住人たちは・・・
確かに米兵は酷い事をすると教えられていました
でも・・・ どうせこの中にいても死ぬ ならば・・・

そして日本兵に交渉します
「あなたたちのことはしゃべらないからここから出してください」と

日本兵たちは最初は拒否しましたがついに折れて許可しました
住人たちはほっとしならが右の坂地に戻る
そのときです・・・ 後ろから・・・

「出口に機関銃をつけろ・・・  逃げる奴を後ろから撃て・・・」

凍りつく住人 こんなことされたら出れるわけもありません・・・


米兵方のほうも動き出しました ガス弾を使って攻撃 日本兵は逆方向に逃げ出しました
そして住人たちは米兵に確保されました

教えとまったく違う米兵に驚き、そして日本に不信感を抱き始めます
そして米兵はこう尋ねます

「日本兵を殺しますか? それとも生かしておきますか?」と



「殺せ!」


住人たちが吠えました
それまで、すごく静かに話していた住人たちでしたが・・・
この時の声はものすごく大きかったそうです


住人たちはトラックの荷台にのって壕を後にします そして途中で壕が爆破されました 爆発のとき、荷台の上では歓喜が上がったとも言われています


あの時・・・ 日本兵が「出口に機関銃をつけろ・・・  逃げる奴を後ろから撃て・・・」と言っていなければ・・・ 住人たちは「日本兵を殺しますか? それとも生かしておきますか?」との問に「殺せ!」とは言わなかったかもしれない 少なくてもあんなでかい声で叫ばれることはなかったはずだった・・・


日本兵はもう逆に逃げていて米兵に捕まったそうです そしてこの壕が発見された理由は・・・
この壕を逃げ出して米兵に捕まった日本兵がばらしたそうです そして住人がいることを知っていた米兵は住人たちは助けよう、そして日本兵は捕虜もしくは殺そうと乗り込んだそうです



その昔話(話者は若く、この話を体験者(主人公(?)と言った人)から聞いたのでしょう)の後、全員の懐中電灯を消して真の闇の体験・・・


真っ暗でまったく見えませんでした・・・ 15秒後点灯
昔の人は・・・ これが24時間だったのです・・・ 考えられません・・・考えたくない・・・

話によると6時間くらいこの闇の中にいれば隣の人の輪郭は見えるようになるそうです

ただし・・・ 栄養が十分にあると言う条件があります・・・
戦時中は・・・ 栄養なんてあるわけありません・・・


・・・


その後に修学旅行委員の人が以下の文を読みました 


平和宣言


 私たちは今、61年前に国内唯一の地上戦が行われた沖縄に来ています。
 美しい自然で知られる沖縄ですが、本土決戦への捨て駒とされ、多くの命が犠牲となりました。塔意地、この美しい空の下で多くの命が失われました。集団自決を強いられ、海に身を投げなければならなかった当時の人々には、人間になければならない「生きる権利」さえなかったのです。
 しかし、この悲惨な状況は61年経った今でも繰り返されています。アメリカは9・11事件をきっかけに「テロとの戦争」を表明しました。イラク戦争の大儀であった大量破壊兵器も見つからないまま、5年が経過した今もイラクが戦場になっています。 そこでは罪のない人々が「生きる権利」を奪われ、今こうしている瞬間にも戦争の惨禍の犠牲となっています。戦争は他人事ではありませんもし戦争が起きたら、私たちの世代が加害者や被害者になることを忘れてはいけないのです。
 私たちは今日この壕の中で、沖縄の人々の苦しみ、平和への願いを受け取り心に刻み込みました。私たちにできることは、戦争を語り継いでくださっている方々のお話を素直に受け止める事です。そして未来を担う私たちが平和の尊さを次の世代に伝えていかなければなりません。
 戦争で命を落とした人々のために。今も戦争の恐怖に苦しむ人々のために。つらい戦争体験を語ってくださる方々のために。そして未来を生きる私たち自身のために、二度と戦争の惨禍を引き起こすことのないよう、決意を新たにすることを約束します。
 戦争で犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈りするとともに、平和への誓いと決意を述べ、平和宣言と致します。



壕を出た後こんどは嘉手納かでな道の駅へ

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奥に見えるのは米軍の嘉手納飛行場

ここは別名"安保が見える丘"とも言われています
これまで、おきなわワールドで昔の沖縄、ひめゆりの塔や摩文仁の丘、壕などで戦争中の沖縄を見てきました

そしてここは"現在の沖縄"が見える場所 まだ・・・戦争は続いています・・・

米軍に取られた土地、失われた静かな平和、今も返還活動は続いています・・・
しかし、沖縄の経済が米軍の基地に依存しかけていると言うのも事実

でも・・・ 基地があるということは次の戦争の準備をしているということになる・・・

私も基地は消えてもらいたい

でも・・・ どっちにしてもリスクを負うのは沖縄の県民だけといってしまっても過言ではない・・・
なぜ沖縄だけなのか・・・ 逆にもっと分散させれば日本国民で団結できるんじゃないかな・・・


そして、ここでは日本史のハゲかかった先生がガイドみたいな感じで説明してました
しかし・・・ みんながうるさい・・・ ほとんど聞こえなく、しまいには先生に近づいてましたよ・・・

確かにあの説明を聞きたい人は少ないと思いますよ・・・ 私のような変わった人数人くらいでしょう・・・ 下手したら私だけって可能性もなくはないですが・・・
でも聞きたい人はいるかもしれない なのに・・・ 話してる・・・迷惑とは考えずに・・・

そしてそれを何も注意しないで観てるだけの先生にも腹が立った あきらかに話を聞いてないとわかる音量なのに何も注意もしない・・・ そのまま話し続ける・・・

・・・


その後はホテルへ

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ここのホテルはなんと言っても部屋が広いw
そしてベランダがあってこれも広いw お風呂上がりとか結構な時間ベランダにいましたね・・・ 夜風が気持ちよかったです

ご飯は微妙でしたがね・・・ 私は中華系苦手なもので・・・ 中華のフルコースきてくたばりましたよ・・・

でもこの日はすぐ寝ついてしまいました 一応10時に点呼があって11時就寝なんですが私は9時くらいから横になってたら10時には熟睡だったらしく・・・ 起こされましたよ(笑) まあその後すぐ寝ましたけどね・・・w


―― 第四章 完 ――


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